伊藤東凌×MINOTAUR INST. 「親の代から受け取ったものを、継ぐことだけが伝統ではない」
伊藤東凌/ Toryo Ito 両足院副住職 田畑、食、庭園、建築、アート、サウナ、セルフケア、レジデンス、埋葬、循環などを再構築して“質”を取り戻す集落としての寺を考案中。 禅が育む美と叡知の探求プロジェクト「是是XEXE」を主宰する。2020年4月オンライングローバル坐禅コミュニティ「雲是」を立ち上げる。2020年7月禅瞑想アプリ「InTrip」をリリース。2021年1月新しいモビリティ「FUUUN/浮雲」を監修/リリース |
「100年ぐらいものを永遠と守るのか。それとも逆に650年もある過去を遡って、現代に生かせるものを掘り出すのか」
泉(MINOTAUR INST.デザイナー) 東凌さんや両足院さんとかかわらせていただくようになってから、僕が思うファッションやカルチャーが本来のお寺や日本にあったと思うようになり、そこの具体性をセッションしながら表現させていただいています。まずは東凌さんが現在、両足院で行っている様々な取り組みの背景について教えてください。
東凌 鎌倉時代から続く建仁寺の歴史やその中での両足院の伝統を学んでいると、いろいろな面白いことに気がつきました。両足院は650年以上の歴史の中でいろいろな役割を担っていて、時代ごとに役割も変わっています。時代によっては学問に励んでいたり、または幕府と深く繋がって、いわゆる政治的役割を担っていたり。そして、今の学校や美術館に近い文化サロンを形成していることもあったとか、そういう部分が歴史の文献の中からちょっとずつ見えてきました。両足院には私の祖父の代から伊藤が住まわせてもらっていますが、『伝統』と一言にしてしまうと、ついついその時から始まった文化があたかも創建当初から続いていたかのように錯覚してしまう。つまり、祖父が預かって発展させた部分も、歴史においてはあくまでも点なわけです。
泉 なるほど。
東凌 その『点』を今後も惑わず引き継いでいくものだと最初は思っていました。例えば、祖父の運営方法や人との付き合い方を受け継いでやってみる。それでも過去を辿れば辿るほど、実は点は直線ではなくて、いろいろな方面に広がっていたことが分かったんですよ。祖父がやっていたことも歴史の中で言えば、片方だけの点であって、総合的にやっていたわけではないので、それだけ引き継いでもダメだとだんだん分かってきました。そうすると、特に祖父の代のお寺の在り方は戦後の文化が基本だったので、檀家さん向けの活動が中心でした。でも、これからの時代に制度としての檀家という考えに縛られると視野を狭くするし、これまでの伝統を祖父から父に、そして私に受け継ぐだけではなくて、若い人に開かれていくための活動もしなければなりません。
東凌 例えば座禅ですが、祖父の時代は一般の人が座禅にフラッと来ることはありませんでした。そういう流れの中で、自分なりにどうやって一般に広めていくかを考え始めたんです。その中で座禅だけじゃなくて、周辺のヨガや精進料理、創作活動や陶芸などいろいろと混ぜていき、活動を発展させながらブラッシュアップすることを試みました。一つひとつの文化や精進料理は昔からのものがありましたが、今の形に定まった歴史はそれほど長くなさそうだなと分かったんです。そうすると作務衣に関しても、これが定型のように思えるけど、調べてみるとそうではなかったり。100年ぐらいのスタンスのものをこれから永遠と守るのか。それとも逆に650年もある過去を遡って、現代に生かせるものを掘り出すのか。こう考えた時に、自分は点を引き出すことに興味が沸きました。『親の代から受け取ったものを、そのまま継ぐことが伝統ではない』ということが根底にあったんですよ。親からしたらそれは厄介者で戦いの連続ではありますけど、自分の次の次の代のお坊さんが見ても、2020年代にあの文化を広げてくれたから今はやりやすくなったとか、発展があるようなことをいつも心がけています。
泉 僕が洋服で考えていることを代弁していただいたような気持ちです。親子もそうですし、一つの業種の真髄を引き継ぎながら確信している部分が、家の名前を継ぐ人たちにはすごくかかわりがあるお話だと感じました。
松山(MINOTAUR INST.コラボレーションクリエイター) 泉さんが前に「ファッションは繰り返していくからこそ、昔へのリスペクトと今できることをどう組み合わせるか」といったお話をしていたんです。そのリスペクト先が100年とか200年ぐらいかと思っていましたが、東凌さんは650年と仰っていて、そこの長さがこれだけ違うとリスペクトの仕方が変わってくるし、時間のスケール感が全く違うと思いました。僕たちも昔をリスペクトしようと思っていますが、普段かかわっていることからして、そんなに深くまでいくことはないなと感じましたね。
東凌 ただ、長いからこそ良くも悪くもありますよ。例えばずっと続いている行事と言えば「650年間ずっと変わらないんだ!」と聞こえてしまったり、あたかも650年間ずっと続いてきたかのように思われることが多いですね。歴史が長すぎてぼやけてしまう部分があると言いますか、そこが難しさでもあります。
泉 なるほど。
東凌 非常に興味深いのは100年、400年、さらに650年のお寺の歴史だけでなくて、仏教が始まった2500年前といった歴史の中でのその時々の点が自分なりに線のように見える瞬間がやって来るんです。その時に、ゆるぎない自信というか、「これならいける」と思える筋が見えた時に、その歴史が自分を勇気づけてくれて、後押ししてくれるような感覚になったことが今までの人生で何度かあります。新しいことを始めた時に、周りからは受け入れづらいとか、疑いの声を掛けられた時も、過去のいくつかの点が見つかるとすごく勇気づけられて、迷うことなく疑いにも浸透するまで耐えきるといった経験をしたことがありますね。
泉 ファッションにおいても答えのない答えの在り方というか、そういう次元で確信できる時は、自信や軸みたいなものが人の情報や考えに惑わされなくて済む瞬間がありますね。それを知ることが一つのモチベーションでもある気がします。
東凌 もしかするとそうかもしれませんね。そこを辿ることができる喜びを含めて前に進む。そして、その喜びからまた自信をもらえてさらに進めるといった両方を感じます。